« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

Kissing among Faces

Face01 『Kissing among Faces』

90.9×65.1cm 1982

Egg Tempera,Acrylic on Canvas

時々、近隣の中学校の『裏サイト』へ遊びに出かける。

無数の『名無し』が、ウヨウヨいて、実体のわからないそれらが、奇妙なやり取りを続けている、何とも不思議なところだ。

『名無し』たちは『単語』で会話する、非常に変わった生き物だ。

名無し:まじ?

名無し:ん

名無し:きも~

名無し:テスト、いらね

名無し:サイテー

ちっとも面白くないので、もちっと語彙を増やせよ『名無し』!…などと思いつつ、今泉の初期の遺作が頭にポヨヨンと浮かんできたので、古い資料の埃を叩きながら、暗闇を彷徨う無数の顔の作品『Kissing among Faces』を探し出した。

そこに確かにいるのに、実体がわからない無数の『名無し』たち。

あまりの不気味さに、途中で投げ出したきりの夢野久作の『猟奇歌』と、実体のない『名無し』たちと、ホントはどちらが怖いのだろう…

「ある名をば ていねいに書き 抹殺をして 焼きすてる心」

「頭の中で ピチンと何か割れた音 イヒ・・・・・・・と・・・・俺が笑ふ声」

「号外の真犯人は俺だぞ・・・・・・と 人ごみの中で 怒鳴ってみたい」

「誰か一人殺してみたいと思ふ時 君ひとりかい・・・・・・と友達がくる」

「自殺しようか どうしようかと思いつつ タッタ一人で玉を撞いてゐる」

「毎日毎日 向家の屋根のペンペン草を 見ていた男が狂人だった」

(『猟奇歌』は全集の<3>に収録されている。読んで気持ちの良いものではないので、おススメは<4>)

夢野久作全集〈4〉 (ちくま文庫)

著者:夢野 久作

夢野久作全集〈4〉 (ちくま文庫)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Elephant Accident ―陽炎―

Ele01

『Elephant Accident ―陽炎―』

F150 アクリル

『多夢』との対決について。

疲労が蓄積されてくると、異常な頻度で、一晩に何本ものドラマを見るように夢を見るようになる。

もちろん睡眠が浅く、熟睡など出来ない。そんな『多夢』の状態が長く続けば、当然、身体が悲鳴をあげ始める。

さて、困った。処方される薬の種類が増えるばかりで、一向に解決しないのだ。

服薬に頼らなければ安眠することも出来ないのかと、自分自身に腹が立ち始める。すると今度は、腹ばかり立てている夢を見るようになってくる。

ある日、担当の医師が言った。

「夢日記を書かれてみてはどうでしょう?」

その日見た夢を、起き抜けに(夢を忘れてしまわない内に)書きとめてみてはどうかというのだ。

「夢を書きとめる事で、夢に肉付けがされ、本人にも分らない夢の(例え一貫性がみられなくても)ストーリーが出来上がり、ストーリーが出来てしまえば、夢は小説を読み終えるように完結することが出来るといわれています」

医師の言葉に、それではちょっと試してみるかと、朝っぱらから、起きると同時に枕元のノートにせっせと夢を記録してみることにした。

『夢』を『言葉』に変換する作業を始めてから約10日ほど経過した頃、突如、夢が完結してしまった。

徐々に夢の回数が減り、睡眠時間が長くなり、ついには全く夢を見ないままに目覚めるようになったのだ。

今でも時々、当時の『夢日記』を読み返したりするのだが、なかなかどうして、怪奇小説家にでもなろうかしらん…という、摩訶不思議なストーリーのものがあったりする。

人間の脳は、なんとも不思議なものだなぁ~と、改めて実感しつつ『多夢』との対決を終えたのでした。

0c4b46020ea096ce0ead7110_aa240_l

Book フロイト1/2 (白泉社文庫)

著者:川原 泉
販売元:白泉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (2) | トラックバック (0)

Elephant Accident 03

Keinanbi 『Elephant Accident 03 EA03-182-Draw』

162×130㎝ 2003年制作

慶南道立美術館コレクション(韓国)

夢を見た。

もう死んでしまった人の、夢を見た。

とても単純な、日常の延長のような、たわいない夢だ。

ごく普通の夕方に、ごく普通に「ただいま」と言いながら、死んだはずの人が、玄関のドアを開けて帰ってくる。

こちらも「お帰りなさい」と答えて、玄関まで迎えに出る。

子供たちが、子犬のように、帰宅した父親にじゃれついている。

帰宅した人も、出迎えた人も、皆がごく普通に幸せで、何事もなかったように、食卓には夕餉の支度がととのっている。

…そして、夢は覚めるのだ。

こういう類の夢が、一番困ってしまう。

なぜなら、ベットの上で、一体今がいつなのか、ここが何処なのか、自分の本当の生活は「あちら側」なのか「こちら側」なのかが、分らなくなってしまうからだ。

脳が完全に目覚めて活動を開始するまで、自分のいるべき場所が分らずに、暫くは身動きが取れない。

両手を握っては閉じ、握っては閉じ、両眼で天井を睨んでは閉じ、睨んでは閉じ…。動作を少しずつ増やしながら「こちら側」が現実であることを確認する。

現実を確認することは、死んでしまった人は、もう二度と、玄関の扉を開けて「こちら側」に帰ってくることはないのだと、改めて思い知らされることでもある。

こういうのが、一番困る、一番苦手な夢だ。

萩尾望都さんの『あぶな坂HOTEL』は、あの世とこの世の間に建つホテルだ。

時々、夢の中で帰ってきては、私を大変困らせるあの人も、ここの住人なのかもしれない。

あぶな坂HOTEL (クイーンズコミックス) Book あぶな坂HOTEL (クイーンズコミックス)

著者:萩尾 望都
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人間のぬけがら

Maninstallation 『人間のぬけがら』

400×450×500㎝

Installation 1997年制作

子供の骨が、ポキンと折れた。

右手の指の骨が2本、ポキンと折れて捻じれた。

医者が折れた骨を、またまた捻って元の場所に正しく戻してくれた。

後はギプスの中で、骨が徐々にくっついて再生していくのを、静かに静かに待つのみである。

皮膚があって、脂肪があって、筋肉があって、骨があって、それらによって臓器が守られて…。全部揃って、人間として元気に活動できるということを、ついつい忘れてしまう。

目には見えない『心』が抜けてしまった『人間のぬけがら』は、人間を造っている要素が溶けて流れて、得体の知れないものとなり、美術館の空間に異様な雰囲気を漂わせていた。11年前のことである。

生物は、自己に備わる免疫力を使って、皮膚なり骨なり臓器なり、ある程度のものなら自然治癒させる能力を持っている。

ホメオパシー、暗示療法、催眠術、カイロプラクティックetc.etc.

自己の免疫力を高め『病気を治す』という最終目的に向かって頑張る人々は沢山いる。

何を信じるかは、個人の自由だ。だから、その療法が医学的に説明がつき、医学会で認められているのか云々については、また別の問題であるといえるのかもしれない。

唯一つ…確実にいえることは、完全に破壊されてしまった臓器は、サイボーグにでもならない限り、絶対に元には戻らないということだ。

これだけは忘れずに、皆さんお身体大切に。

アマニタ・パンセリナ (集英社文庫)

著者:中島 らも

アマニタ・パンセリナ (集英社文庫)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »