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人間のかたち

Man07 『人間のかたち』

102×65.0cm 1996年制作

Mixed Mediums on Shaped Cardbord

たった一つの肉体の中に、沢山の『私』がいる。

何気無く、その一つ一つの『私』を、思いつく限り頭の中で羅列してみる。

・子供らと過ごすときの母親の『私』

・学校や地域で活動するときの保護者としての『私』

・会社で仕事をするときの、社会の中の大人の『私』

・友人と他愛無いおしゃべりをする、ちょっと油断している『私』

・仏壇に合掌し、二度と戻れない過去に囚われている『私』

・誰とも接しない静かな時間に、心の整理をしたり空想を楽しむ丸裸の『私』

・月に一度、受診先の病院で対話するときの、医師と自分に対してすっかり冷めてしまっている『私』

次から次に、色々な『私』が浮かんできて、羅列するときりがない。

接する相手や状況によって、無意識に自分の中の沢山の引き出しを開けて、その場にふさわしい『私』を自動的に選択し他人と接しているのだなと、改めて知る。

どれも全部『私』なのに、どれが本当の『私』なのか分らなくなる。

そんな時、ふと頭の中に作家・中山可穂氏が浮かんでは消える。

彼女は、丸裸の自分を外に向かって見せるのに、どれだけの勇気と時間を要したのだろうか。

初めは単なる『吐露』だとしか思えなかった彼女の作品は、脱皮を繰り返しながら、徐々に『自信に満ちた一人の人間としての私』の作品に変わり始めている。

どの時点でも、中山可穂氏は彼女自身であって、他の誰でもないのは自明の理ではあるが、この先、彼女の作品がどんな変化を遂げていくのか、とても楽しみだ。

あせらず、ゆっくりと新刊を待ち続けたい。

 サイゴン・タンゴ・カフェ サイゴン・タンゴ・カフェ  中山可穂
販売元:セブンアンドワイ
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コメント

たくさんの私について、思うのです。

フロイトはココロを分解しすぎたのだと思うのです。
分析もいいけど、
自分のいろんな出っ張り、みんなひっくるめた自分だと。

なんていうか、ココロを金平糖に例えると、
金平糖のトンガリの先もへこんでるとこも、表面も一番中心も全部自分なんだから、まあいいじゃん、って。

投稿: 竹林たぬき | 2008年9月 8日 (月) 22時27分

>フロイトはココロを分解しすぎたのだと思うのです

>うん。同感。
友人も同じようなこと言ってた。
前に多夢の治療で夢日記つけてた事あるんだけど、そのときその友人に
「アンタそれって…まさに!じゃん。それで、まあ、何とか糸口が見つかるんなら、いいんだけどさ。なんにせよ、医者とフロイトに騙されんようにね」
って言われた。

分析して推測したりするのって、やってる本人は楽しいので構わないんだけど、やり過ぎや鵜呑みはダメやな…ってのは、ホントにそう思います。

シンプルに在るがままに?…
うん、「おたぬき金平糖論」 常に心に留めておきますconfident

しかし…おたぬきさんのこのコメント、今日(10月19日!!)に届いたんだけど。
何処を彷徨っておったのじゃ?!謎です。

投稿: 芸術を愛するブタ | 2008年10月19日 (日) 21時10分

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