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The Tree-想い

Tree11 The Tree-想い」

F6号 2004年制作

パンドラの箱。

開けてはいけない物を、ついうっかり開けてしまいました。

沢山の過去に蓋をして、もう二度とは開けまいと、ずっとそうして頑張ってきたのに。

仕事でレコーダーが必要になるかもしれないと思い、ずいぶん長いこと使っていなかったMD(Mini Disk)を整理していたら、タイトルの記していないMDが、箪笥の引き出しから1枚だけ出てきました。

はて、これはなんだったっけ?

さっそくプレーヤーに挿入して再生ボタンを押すと、幼子のたどたどしい発音のメッセージが流れてきました。

「パパ、今日、赤いランドセルを買ったよ。幼稚園のお別れ会で世界の国の踊りを踊ったよ。上手に踊れたよ。パパ、早く元気になって、入学式には絶対来てね」

「パパ。僕はお勉強も一杯して、ママの言うことも聞いて、妹とちゃんとお留守番もしているよ。早く病気を治して帰ってきてね。パパがいないと寂しいよ」

おもわず電源を切りました。

『パパへのメッセージ~子供たち』と、すぐにタイトルを書いて、元あった場所よりも、うんと奥のそのまた奥へとMDを仕舞いました。

今泉が倒れ意識が戻らぬまま逝ってしまうまでの四十日近く、子どもらのメッセージを録音して、廃人のようになってしまった彼の耳元で流し続けたMDでした。

結局、意識は戻らぬままで「さよなら」も言えないままに、永遠の別れとなってしまいました。

「こういうものに蓋をしてはいけません」と、かかりつけの医者は言いました。

「泣くべき時に泣けない人は、あとからその何倍もの精神的な苦痛に見舞われますから」と。

そうして、一周忌が過ぎた頃、突然、手足がいうことをきかなくなりました。

他人と上手く話せなくなりました。身体中が痛んで、夜、全く眠れなくなりました。

いま子どもらを残して死ぬわけにはいかないと、身体のどこかにある病巣を早く探し当てなければと、慌てて総合病院であらゆる検査を受けました。

結局、病巣は『心の中』に巣食っていたのでした。

「こういうものに蓋をしてはいけません」

医者の言うことは、正しかったと思います。けれど、今でも蓋をあけることはできません。

このまま、肉体という器がなくなる日まで蓋をして、その日がきたら、全部一緒に今泉のところまで持っていこうかと思っています。

わたしは、静かに平穏に暮らして生きたいと、ただそれだけが願いです。

『The Tree-想い』の木は、娘の誕生にあわせて、今泉が「想い」を込めて玄関脇に植えました。

この絵にも蓋をして、ほとんど見ずにきましたが、モデルの木も、今はずいぶん大きくなっていることでしょう。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

著者:村上 春樹

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

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