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2009年9月

ELEPHANT ACCIDENT ― moonlit night

Paint03 『ELEPHANT ACCIDENT 

  ― moonlit night』

182×227㎝ 1995年

Mixed Mediums Painting

― 月夜の晩に、象は、何を想って、雄叫びをあげるのか。

当時、立体作品の制作を多く手掛けていた今泉が、ボリュームのつき過ぎた作品たちに、何となく違和感を覚え始め、心機一転、平面への回帰を試みた実験的な作品である。

天に向かって雄叫びをあげる象は、カンバス地に寒冷紗を貼り付け、その上に着色して描かれたものだ。

今泉のアトリエは今も、彼が急逝した当時のまま、何の手も加えられずに、ただそこから本人だけが抜け落ちた、そんな状態で放置されている。

時折、風を通しに出向かねばならないのだが、人間の心理というものは、なかなかどうして面白いもので、「思い出の場所だから……」と、その場所へ足繁く通い、故人を偲ぶことで心の安定をはかる人もいれば、そこに残っている故人の残像が、前向きに生きようとして踏ん張っている心に、大きな動揺を運んでくるため、どうしてもそこへ近づけないという人もいる。

……ということで、アトリエを放置したままのわたしは、当然のごとく、後者の人間である。

今泉がまだ肉体という器を自在に操っていた当時のアトリエは、フランス語の“atelier”の響きとは程遠い、様々な材料が混在する、特殊な実験室のようであった。

4年半という年月を経ても、今なお、アトリエで制作に打ち込む作家の残像は消えず、その場所へと足を運べずにいるのだが、アトリエ横の倉庫の中の作品たちは、秋の日の月夜に向って、苦情の雄叫びをあげているかもしれないな……そんなことを思ったりしている。

さて、ブログという『虚構世界』から飛び出してきた、ブログ友だち“灘浦荘のたかしさん”に続き、今回は『犬の里ケイズドッグ』の経営者、ブログ『黒ラブミック店長のお部屋』からやってきた“ミック父ちゃん”のお話し……です(笑)

初めて、父ちゃんのブログへ遊びに行ったのは、大変簡単な理由から。

とにかく犬の画像が可愛かった!……それだけなのです。 ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

ワンちゃん画像に癒されながら、管理人のミック父ちゃんと交流しているうちに、四国の名産品などを頂くようになりました。

Dsc00270 好物を聞かれて、「薬味です」と、迷わず返答するわたしですから、父ちゃんに貰った酢橘を、毎食のおかず(肉だろうが魚だろうが野菜だろうが、とにかく何でもかんでも)に、絞りかけて美味しくいただいたのは言うまでもありません。

さて、ものすごい酒豪だった今泉とは対照的に、強烈な下戸のわたしは、アルコールを一切取らないので、頂いた『すだち酒』だけは、我が家の小さな仏壇の中に、いまもすっぽり納まっています。

本当は、自分で飲んで、焼香しながら酒の味の報告などできると良かったのだけれど……(;´д`)トホホ… 残念。。。

Dsc00272 そして、愛嬌たっぷりのワンちゃんのヌイグルミくんは、我が家のヌイグルミ指定席に、堂々と鎮座しております。

彼の兄妹は、ミック父ちゃんのお店に沢山いるので、遠く海を渡って里子に出された……というところかなぁ。

父ちゃんは絵心があって、『犬の里ケイズドッグ』の経営の傍ら、いつの日か『画伯』と呼ばれる日を夢見て、絵画作品の制作に勤しんでおられます(……良いのかな、こんなこと書いて~?? ははは、良いか。。。)

Dsc00276 時々、サービスで、『肉球フェチ』の人のために(…って、わたくしですがsweat02)、ワンちゃんの肉球画像など載せてくれますですhappy02

父ちゃん家のワンコ画像に癒されること、しばしば。

我が家には、あいにくペットは居りませんが、可愛いワンちゃんをお探しの方は、専門家、ミック父ちゃんにご相談を……大変丁寧に、「わっしが、ミック父ちゃんじゃー」と、お答えくださいます(≧∇≦)

さて、ミック父ちゃんのお話は、これにておしまい(笑)

お友だち話、次回へ……<続>

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Crazy Monster ―牙

  Mon12_2

『Crazy Monster ―牙

65.0×79.0cm 1992年制作

Mixed Mediums Painting

気が付けば、もう秋彼岸。

ついこの間、秋彼岸の記事を書いたばかりのような気がするのだが……。

ちょっと過去へさかのぼって、昨年の今頃、我が家は一体何をしていたのだろうかと、昔の記事を探してみた。

たった三年半の間に、娘の中の父親の記憶が、すっかり薄れてしまっていることを知り、その事実に驚愕してしまったことなどについて綴ってあった。

2008年9月のことだ。

あれから、また1年……。

子どもらにとっての秋彼岸は、定番の母子行事の一つになってしまった。

宗教的なことを言い出すと切りがないので、

「ああ、お彼岸かぁ~。ちょっくら、お寺の父親に会いに行ってくるかなぁ~」

というくらいの感覚で、心のどこかで父親と繋がっていることを確認するための、

『在りし日の人に想いを馳せる小さなスイッチ』

として、子どもらの中に、秋彼岸が存在し続けてくれると良いなぁ……などと思う、2009年9月です。

さて、亡夫、今泉の遺作整理のためにブログを始めて間もなく2年。

遺作を整理し終えたら閉じようと思っていたブログだけれど、なかなか終わりが見えず、まだ残されたままの作品たちに、ちょっと溜息(笑)

途中、様々な人たちとの交流がありました。

― ブログなど、所詮は『虚構世界』に過ぎない。

心の中で、そう思いながら、他のブロガーさんたちと交流してきた、わたしでした。

二年の月日を経て、気が付けば、いつの間にか、ハンドルネームなしの、本名で交流する友人などもできていました。

― ブログなんて、単なる『虚構世界』さー。実像なんかないのさー。(ぶつぶつ)

と、依然つぶやいてはおりますが(苦笑)、今回は『虚構世界』から飛び出してきた、“たかしさん”のお話をひとつ。

お友だちブログの『灘浦荘日記』の管理人、たかしさん。

4人の子を持つ子煩悩なパパさんで、富山県氷見市宇波で民宿を経営されているプロの料理人です。

ブログで簡単な交流をしているうちに、氷見市の名産をいただくようになりました。

Nadaura 昨日届いた、富山の『黒醤油ラーメン』

真っ黒なスープに、もっちり感のある太麺のラーメン。そこへ黒こしょうをたっぷり振ってから、いただきます。

豚骨ラーメンがラーメンだと思っている子供たちにとっては、ちょっとしたカルチャーショック(笑)

「ママ、ラーメンのお汁に、醤油入れすぎたろう?」

と、調理の失敗ではないかと、テーブルに置いた途端にご指摘の声が……(^-^;

「地方によって、ラーメンも違うからね。まあ、食べてみなさい」

母の声に恐る恐る、、、ちゅるちゅる。

さて、気になるご感想。

息子はぺろりと平らげ、「醤油味の“うどん”みたいやったー」

当然、メタボ娘は、あっという間に飲みこんで、「お代わり、ある?」

……いや、ありませんsweat02 ママも食べたいし……

(娘よ、頼むから、ちゃんと食んでください。一口30回……と、思っている側から、『氷見牛せんべい』を開けて、うまいうまいと、バリバリ食べてるし。 ああ ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ!娘の口が、『Crazy Monster ―牙』と重なる、恐ろしい瞬間を体験。

たかしさんには、以前にも、民宿のオリジナルTシャツや、氷見の珍味をいただきました。

今泉がいなくなってから、生きるためにだけ食べていた食事が、たかしさんのお陰で、楽しむための食事へと変わったように思います。

氷見市は、ここからは本当に遠いところなのだけれど、21年10月には、氷見インターチェンジが開通予定で、少しばかり行き易くなるようです。

いつか、大好きな友人と、ゆっくり尋ねてみたい場所です。

さて、たかしさんのお話は、これにておしまい(笑)

お友だち話、次回へ……<続>

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Crazy Monster ― 地球を撫でるL

Mon15_5 『Crazy Monster

― 地球を撫でるL』

65.0×79.0cm 1992年制作

Mixed Mediums Painting

この作品を見ると、いつも何故だか、『でんでん太鼓』を連想してしまう。

当時、作家は、環境破壊をおこなう人間をモンスターに例え、その尖った爪で地球を鷲掴みにし、地球を粉々に砕いていくイメージを、この作品の中で表現しようと試みていた。

……にも拘らず、この作品は、いまも変わらず、わたしの中では、『でんでん太鼓』のままである。

― トントン、トントン.、トントン

『でんでん太鼓』の可愛らしい音に、幼子が歓喜の声をあげ、「もっとふって、もっとふって」と、しきりに甘えて、せがんでいる声が聞こえるような、そんな気持ちにさせられる。

……なぜだろう。

ある新聞記者は、「環境破壊を続ける人間の愚行に、警鐘を鳴らす作品たち」と、このシリーズのことを、そう語った。

ある鑑賞者は、「モンスターたちのパワーに圧倒されるばかりだ」と、作品から受ける迫力について、そう感想を語っていた。

それらの話を聞きながら、依然として、幼子の歓喜の声が聞こえるような感覚から抜け出せないわたしに、ある友人が言った。

「これ、可愛いねー。見てたら楽しくなるよねー」

それを聞いて、なんだか、とても心が軽くなった気がした。

― ああ、そうか。共通感覚というものは、絶対的でなくても構わないのだ。

と、そう思ったからだ。

皆と同じ社会で暮らしていると、その中で生まれる共通感覚から少しでもそれると、非常識を指摘されているような、ちょっとした困惑に陥ることがある。

同じ世界に存在していても、もともと、心の住んでいる場所が違うのか、育った環境で心の枝の伸び方が違ってしまうのか……その辺の理由については、わからない。

ただひとつ…… 誰かを傷つけたり、何かを否定することに固執したり、そんなことさえしなければ、自分の感情は、唯一何ものにも縛られない自由を持っているのだということを、この作品から学んだような気がする。

大変自由で何物にも支配されなかった、大好きだった作家(故)中島らも氏。どうしても欲しかった一冊が、ようやく手に入りました。めちゃくちゃな発想だけれど、「コレで良いのだ」的な生き方に、毎回あんぐりしながらも、拍手。……亡くなられてから、もうすぐ5年。惜しい人をなくしたもんだなぁ~。

啓蒙かまぼこ新聞

啓蒙かまぼこ新聞

著者:中島 らも

啓蒙かまぼこ新聞

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