カテゴリー「木―The Tree」の15件の投稿

The Tree-浄水場の木

Tree14 The Tree-浄水場の木」

F6号 2004年制作

また一つ歳をとりました。

そして、今泉との年齢差が、またひとつ縮まりました。

そのうち同級生になって、気が付いたら彼よりずっと『お姉さん』になっているのだろうな。

誕生日の贈り物に、友人が本をくれました。

本の名前は『納棺夫日記』

アカデミー賞を受賞した映画『おくりびと』の原点になった本です。

死者を棺に納める仕事に就いた著者が綴った日記をもとに構成されています。

誕生日の贈り物には、ちょっと「おい、おい。(・_・)エッ....?」の内容ですが…(笑)

しかし、すっかり気に入って『なかなかの頂き物』となりました。

影の薄くなりつつあるわたしに、

「死中に活を求めよ」と、そう説教をしたかったのではないかなぁ…

まあ、ようするに

「しっかり生きるんだぞー」と言いたかったのではないかなぁ…などと勝手に解釈しているところです。

文章が簡潔で美しく、何度も読み返したくなる本でした。

映画…観ておけばよかったな。

遠いある日の『浄水場の木』は、誰に見られるわけでもなく、気に掛けられるわけでもなく、ただひっそりと、地球の一部としてその地に繋がり、静かに立って生きていました。

納棺夫、青木 新門氏のようだと、ふと、そう思いました。

わたしは、今日も無事に生きおおせて、日々是好日、全てのものに感謝です。

納棺夫日記 (文春文庫) Book 納棺夫日記 (文春文庫)

著者:青木 新門
販売元:文藝春秋
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The Tree-老木

Tree03 The Tree-老木」

F6号 2004年制作

突然の初夏の陽気に、身体がびっくり。

環境に適応できない身体になりつつあるなぁ…と、老いを実感。

春疾風も薫風も青嵐も…

やってくる風に「ようこそ」と、ワクワクドキドキしたのも、遠い昔のこととなりつつある。

老木の周りは、草さえ生えていない静かな空間。

長く伸びた影だけが、老木が実在することを教えてくれる。

ふと、振り返る。

わたしの影は、ちゃんと長く伸びているだろうか…(苦笑)

さて、80歳を過ぎても、今なお『創造の翼』で飛び続ける洋画家、野見山暁治。

福岡県立美術館でコレクション展が開催されます。

初夏の陽気に誘われて…是非、足をお運び下さいませ(*v.v)。

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福岡県立美術館コレクション展

特集:野見山暁治―エソラのかたち

4月18日~6月28日

詳しくはこちら→展覧会

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The Tree-杜の象

Tree07 The Tree-杜の象」

F6号 2004年制作

今泉の最後の作品になった『The Tree』シリーズを描くために、よく近隣の神社の杜へ、木のスケッチに出かけた。

今泉は、木の根と木肌をじっくり観察。

『象』の肌にそっくりな『木肌』を見つけると、大喜びで

「おいおい、ココに象さんがおるよ」

と、皆を呼ぶ。

子どもらは、木の実とアリの巣を探して、地面をじっくり観察。

アリの巣を見つけると

「ねえねえ、ココにアリのおうちがあるよ」

と、皆を呼ぶ。

大人と子どもが一緒になって、何故だか皆、それぞれが地面に張り付いてばかりの杜の中。

ちょっと頭をもたげれば、空は抜けるほど青いのにねぇ…

と、母は思いつつ、それぞれの「おいおい」「ねえねえ」に付き合うのだった。

遠い遠い昔のことで、今は「おいおい」の声も聞くことはない。

早朝、職場へ向かうバス停で、すぐ隣の立ち木の木肌を見ながら、ちょっとだけ感傷に浸ってみたりする。

…今年の春は、まだまだ寒い。

こころ残り (角川文庫) こころ残り (角川文庫)

著者:阿刀田 高
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The Tree-春疾風

Tree09 「The Tree-春疾風」

F6号 2004年制作

杜の木々の間を駆け抜ける春疾風。

小さな芽には、大変な試練なのかもしれないが、それをしなって受ける若木に、自然の中で生き抜く力強さを感じ、

わたしも、ちょっと頑張ってみようかなぁ」

なんて思ったりもするのだが…

やっぱり、この春の冷たい突風は、いささか苦手で、

「早いとこ薫風に変わらないかなぁ」

というのが、本音だったりするのであります。

頭のうちどころが悪かった熊の話

著者:安東 みきえ

頭のうちどころが悪かった熊の話

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The Tree-青に溶ける

Tree12_5 The Tree-青に溶ける」

F6号 2004年制作

木の名は「アメリカフウ(アメリカもみじ)」 

始めは直径20センチ、高さ2メートル程の幼木だった。

風や雨…容赦ない自然の力に鍛えられ、じっくりじっくり、その地に根を伸ばし、今では大きな立ち木となった。
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。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

一年前に、そんな記事を書いた。

アメリカフウは天空に向かって伸び続け、もう人間の手など必要のないところで、自然の法則に従って生きている。

いつまでもたっても後ろ向きの感情に支配され、同じ場所に留まっているのは、人間ばかりのようである。

アメリカフウの下に立ち、天を見上げる。

枝も葉も、天空の青に溶け、眩しいくらいの生命力に満ち溢れていた。

今泉の急逝からもうじき四年。

遺児らにとって、父親はすっかり『写真の人』になってしまった。
今年の春は、時間薬が少しずつ効果をあらわして、皆がそれぞれに自分の行く先を見つめ始める、力強く眩しい春になると良いな…

 おおきな木 おおきな木  シェル・シルヴァスタイン
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The Tree-桂の木

Tree10 The Tree-桂の木」

F6号 2004年制作

庭の片隅に、桂の木が1本ありました。

豪快に枝を伸ばし、空へ向かってぐんぐん伸びていくアメリカフウとは対照的に、カツラは可憐な立ち姿で、ひっそりと、静かに静かに成長していきました。

いつも病気ばかりして、心配ばかりさせられる木でした。

庭に来る野鳥たちは、逞しいアメリカフウに体を預けて囀り、枝に刺した甘い果実を美味しそうに啄ばんでは飛んで行きます。

そんな時も、カツラは変わらず、独り静かに、凛として庭の片隅に立っていました。

けれど…

春先になると、赤く美しい芽吹きをして、

「春が来るよ」と、そっと告げてくれたのでした。

この季節になると、今も元気だろうかと、毎年カツラのことを思い出します。

今年もまた、美しい芽吹きで、春を知らせているのでしょうか…。

 象は忘れない 象は忘れない
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The Tree-光の春

Tree08 The Tree-光の春」

F6号 2004年制作

どことなく春の気配を感じるのだけれど、まだまだ余寒の厳しいこの頃。

『光の春』は、もともとはロシアから来た言葉だと聞く。

長く寒い冬を過ごす国の人々が、春を待ちわびる気持ちを込めて使った言葉だとか。

まだまだ寒いけれど、春は確かに近付いている。

団地の植え込みの椿も咲いた。

杏も可愛らしいピンクの花をつけて今が満開。

花の蜜を狙ってか、ヒヨドリがピーツピーツと朝から頭上で騒がしい。

毎朝同じ時間にバス停に立つと、あちらこちらで春信をキャッチ。

ああ、早く暖かくならないかな…

Fujita 『没40年 レオナール・フジタ』展

 2009年 2月22日-4月19日

 詳しくはこちらのページから→福岡市美術館

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The Tree-木霊

Tree13 The Tree-木霊」

個人蔵 F6号 2004年制作

「木に入り込みすぎたら(感情移入しすぎたら)こんなになっちゃったよー」

と、今泉が匙を投げた木の絵シリーズの作品『木霊(こだま)』

わたしの一番のお気に入りで、名付け親を任され「わーい、わーい」と大喜び。

イタリア旅行の時に出会った、晩年のミケランジェロの未完の彫刻の前で、心が吸い取られていくような、それでいて、無二の愛について諭されるような、そんな気持ちになったときとのことを思い出し『木霊』と命名。

今泉の好きだったミケランジェロ。

ミケランジェロは生涯で4つの『ピエタ』を制作している(うち3つは未完のままです)

イタリアで最初に出会ったのは、若き日のミケランジェロが完成させた『サン・ピエトロのピエタ』

ピンと張りつめた空気の中のピエタは、その繊細さゆえに人を傷つけてしまうこともある、硝子のようなもろさと美しさが同居していて、神が舞い降りたかと思わせるような完成度の高さで、それを目にした人々の心を虜にしていた。(心を持たないものを、ただ鑑賞しただけで涙が出るという経験をしたのは、これが初めてでした)

次に出会ったのは、晩年、視力をほとんど失っていたとわれるミケランジェロの遺作ともなった、未完の『ロンダニーニのピエタ』

行く人の足を止めずにはいられない張りつめた空気を感じさせる美しさはなく、ただそこには、重く悲哀を含んだミケランジェロの影が見えるような気がしただけだった。

けれどそこには、心が吸い取られていくような、それでいて、無二の愛について諭されるような何かがあると感じたのを今でも鮮明に覚えている。

そして、この『ロンダニーニのピエタ』への回想から、作品タイトルを『木霊』としたのだった。

『木霊』はすぐに、あるご夫妻の目に止まり、完成してから数ヶ月のうちに我が家のアトリエを出て行ってしまった。

ずいぶん昔に、大切な息子さんを亡くされた経験をお持ちのご夫妻だと、今泉が静かに言っていたのを思い出す。

いつかは消えてしまう人間の、本当の幸せって、何なのだろうな…

聖母像の到来

著者:若桑 みどり

聖母像の到来

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The Tree-想い

Tree11 The Tree-想い」

F6号 2004年制作

パンドラの箱。

開けてはいけない物を、ついうっかり開けてしまいました。

沢山の過去に蓋をして、もう二度とは開けまいと、ずっとそうして頑張ってきたのに。

仕事でレコーダーが必要になるかもしれないと思い、ずいぶん長いこと使っていなかったMD(Mini Disk)を整理していたら、タイトルの記していないMDが、箪笥の引き出しから1枚だけ出てきました。

はて、これはなんだったっけ?

さっそくプレーヤーに挿入して再生ボタンを押すと、幼子のたどたどしい発音のメッセージが流れてきました。

「パパ、今日、赤いランドセルを買ったよ。幼稚園のお別れ会で世界の国の踊りを踊ったよ。上手に踊れたよ。パパ、早く元気になって、入学式には絶対来てね」

「パパ。僕はお勉強も一杯して、ママの言うことも聞いて、妹とちゃんとお留守番もしているよ。早く病気を治して帰ってきてね。パパがいないと寂しいよ」

おもわず電源を切りました。

『パパへのメッセージ~子供たち』と、すぐにタイトルを書いて、元あった場所よりも、うんと奥のそのまた奥へとMDを仕舞いました。

今泉が倒れ意識が戻らぬまま逝ってしまうまでの四十日近く、子どもらのメッセージを録音して、廃人のようになってしまった彼の耳元で流し続けたMDでした。

結局、意識は戻らぬままで「さよなら」も言えないままに、永遠の別れとなってしまいました。

「こういうものに蓋をしてはいけません」と、かかりつけの医者は言いました。

「泣くべき時に泣けない人は、あとからその何倍もの精神的な苦痛に見舞われますから」と。

そうして、一周忌が過ぎた頃、突然、手足がいうことをきかなくなりました。

他人と上手く話せなくなりました。身体中が痛んで、夜、全く眠れなくなりました。

いま子どもらを残して死ぬわけにはいかないと、身体のどこかにある病巣を早く探し当てなければと、慌てて総合病院であらゆる検査を受けました。

結局、病巣は『心の中』に巣食っていたのでした。

「こういうものに蓋をしてはいけません」

医者の言うことは、正しかったと思います。けれど、今でも蓋をあけることはできません。

このまま、肉体という器がなくなる日まで蓋をして、その日がきたら、全部一緒に今泉のところまで持っていこうかと思っています。

わたしは、静かに平穏に暮らして生きたいと、ただそれだけが願いです。

『The Tree-想い』の木は、娘の誕生にあわせて、今泉が「想い」を込めて玄関脇に植えました。

この絵にも蓋をして、ほとんど見ずにきましたが、モデルの木も、今はずいぶん大きくなっていることでしょう。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

著者:村上 春樹

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

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The Tree-庭の木

Tree02 The Tree-庭の木」

F6号 2004年制作

春信。

『ふと窓の外に目をやると、節分の日の豆打ちの残りを、雀がベランダで啄ばんでいるのが見えた。嬉しくなって窓を開けると、心なしか空気がやわらかい』…そう書いたのは一年前。

時間の流れのなんと早いことだろうか。

そして…。

今年もまた、我が家に春の訪れを告げる、一枚の葉書がやってきた。差出人はもちろん野見山暁治先生だ。

寒中お見舞

さき行き おぼろげな世相です

ともかくも 歯を食いしばって 暮らしましょう

大丈夫かな ぼく 入歯だけど

2009年 冬

みなさん 元気だろうかと 心配です。 なんか 励ましてやりたい。

    野見山 暁治

先生、また春がやってきますね。

こちらはみな、大変元気です。

失ったモノは、もう二度と戻らないということを、ようやく理解できるようになりつつあります。

…ということで、平凡な我が家の毎日にも、少しは進展がみられるようです。

ベランダの打ち豆の残りを、チュンチュンと嬉しそうに啄ばんでいる雀を見ながら、今年は野見山先生のように『つよいひと』になって、これからやってくる新しい季節を見送りたいと、そんなことを思ったりする暖かな午後であります。

(異境で癌に冒され、死の床についた妻。異文化との摩擦に苦しみながら懸命に孤独な看病を続ける画学生の夫(野見山暁治)。その壮絶な日々を日録をもとに克明に再現した、小説を超えたレシ(実録))

パリ・キュリイ病院  

著者:野見山 暁治

パリ・キュリイ病院

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